7月6日(土)定例お茶会「地域に根差した草の根活動・・・ 先駆的お二人(山本智恵子さん、斉藤金夫さん)に聞く」

山本智恵子さんのお話「子どもの健やかな成長を願って」の草の根運動

私は一介の主婦にすぎません。でも子供たちの命と健康を守りたいとこの50年、草の根で運動をしてきました。この運動は1960年代に暮らしていた立川のけやき台団地で始めました。1970年代に入ると、高度成長で物価が上がり、公害問題が多発しました。そんな時、春山猷子さんに出会いました。彼女のミニコミ誌「とんねる」がポストに入っていて、「子どもの命を守り、よりよい社会を目指す」という活動目標に心を揺さぶられ、ともに活動を始めました。

初めに取り組んだのが「安全な食べ物とは何か」でした。農薬を使わない有機農法について学び、そのような作物を作っている生産者(人間らしい生き方、繋がりを求めて大地と格闘している全国の青年ら)とつながりました。有機農法の野菜を共同購入し、主婦市場で売りました。リヤカーで運び自転車で駆け回る生活でした。安全な食べ物だけでなく、合成洗剤を使わない運動、ベトナム戦争の加害国の国民として、ベトナムへ米を送る運動もしました。日本消費者連盟の元になった運動にもかかわりました。1974年に使用禁止となった添加物のAF2はハムや豆腐の殺菌剤ですが、初代会長となった竹内真一さん(主婦の熱意に、官僚をやめて消費者運動に飛び込んだ方)の方針で、豆腐屋を1軒1軒回って協力を訴え、草の根から禁止に持ち込みました。

八王子市北野台に転居してからは、鈴木俊夫さんという、健康診断で血液中から残留農薬が検出され、有機農法へ大転換した青年と知り合い、主婦たちで援農に行き、生産者とつながりを持ちながら共同購入をしました。価格は生産者の希望通り、全品買取りをルールにしました。私は運動をする時は一人でやり始め方向性が決まってから周囲に声をかけるんです。  1986年のチェルノブイリ事故で放射能汚染の恐ろしさを知り、高木仁三郎さんを招いて講演会を開いたり、測定室を作る運動もしました。八王子中央診療所の創設者の星川光義さんたちと原発反対運動もしました(この方は八王子教職員出身で、最後はお一人で原発反対運動をされていたそうです)。しかし福島原発事故を止められなかった。放射能の危険性を知りながら止められなかったことは申し訳ない気持ちでいっぱいです。その後は、遺伝子組み換え食品、BSE問題、産地偽装問題、環境ホルモンの問題などに取り組んできました。今はゲノム編集食品の表示を求める運動に取り組んでいます。日本政府は、企業の側に立ち、なかなか国民の健康を守る立場に立ってくれません。私たちの運動はそれに抗う運動でした。そして、これらの運動は、自分だけが無農薬野菜を食べれば済むという運動ではなく、子どもたちの健やかな成長のために、どのような社会を築いていくかという運動だったと思います。

【追記】山本智恵子さんは、ハカルワカル広場をつくる運動で測定器を購入する資金を集めたとき、ご自身の繋がりのある地域の方々に声をかけて、たくさんのお金を集めてくださいました。

*参考文献・・「安心して食べたい、食べさせたい!」
(ほんもの食べ物を守り育てる会・山本智恵子著)
山本さんの半世紀の活動の記録です。測定室にも置いて貸出しています。

斉藤金夫さんのお話「原発の危険を訴える運動」

「え~!本当なの!?」八王子市がヨウ素剤を備蓄していたと話すと、西田照子さんは驚きました。今年の3月、ハカルワカル広場が「ヨウ素剤を全市民に配布してください」という請願を八王子市にしていた時のことです。そしてぜひその話をお茶会でして下さいとのことで今日はここに来ました。

原発を54基も建設し、「絶対に安全です」といっていた国と東電でしたが、私たちは原発の危険性を訴える運動をしていました。2004年5月24日、八王子総行動(*)で、市の防災課に「ヨウ素剤配備の要請」を行い、毎年その要請を行っていました。防災課(長)にヨウ素剤の必要性を認識してもらいたいと、様々な資料を届けました。特に2003年1月、市は川越市と「災害時における相互応援に関する協定」を結んでおり、その川越市は1994年に首都圏で初めてヨウ素剤を配備していました。このことを指摘すると課長は「勉強したい」と答え、2006年11月16日の要請に、「市の大規模災害時の緊急薬品にヨウ素剤2000錠を加え、保管場所の東海大病院と東京医科大八王子医療センターに預けました」との回答をしました。しかし、私たちはこれを大々的に宣伝せず、防災課の判断を尊重しました。
ところが2011年3月11日の福島原発事故の後、市の保健所から私たちに電話があり、「ヨウ素剤を供出してほしいと国が言っているがどうでしょうか?」とのこと。「保健所の判断に任せます」との対応をしました。八王子のヨウ素剤が原発事故に役立ちました。(文責:西田照子)

(*注:八王子総行動実行委員会とは、八王子市内の労働組合、民主団体、業者団体などでつくっている団体で、これまで37年間、企業や官庁、八王子市に種々の要請を行ってきた。どなたも自由に参加可能です)

【飯館村の絵】飯館村の線量が高くなった原因は地形だった。全村避難だったのに特養老人ホームに16人が残っていた。モニタリングポストの周りだけが徹底的に除染されていた。

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9/7 第22回映画会 第八の戒律

第八の戒律 DAS ACHTE GEBOT

(1991年 / ドイツ / 95分 / 監督:ベルトラム・フェアハーク &クラウス・シュトリーゲル / 制作:デンクマル・フィルム )
 海に流し、拡散したはずだった放射能は、 今、海岸に戻ってきて、じわじわと生命を蝕んでいる ヴァッカースドルフ再処理工場の建設は中止された。鉄柵は解体された。
 しかし核廃棄物は残る。カメラは世界中から核廃棄物が持ち込まれるフランスのラ・アーグ、 イギリスのセラフィールドへ向かう。そこで見た放射能汚染の現実は‥‥
 題名はモーゼの十戒第八「偽りの証言をしてはならない」を意味する。
 原子力開発の 50年、それは嘘とごまかしの歴史だった。原子力産業を推進してきた科学者、 政治家、事業者は一体何をしてきたのか‥‥彼らのやり方と言葉は、なぜ国を超えてこうも似 ているのか。
 核開発と原子力利用の実態をグローバルに俯瞰し、人類、生命への脅威ととらえ警鐘を鳴らす 問題作。あなたは、どうしますか?

制作者インタビューより
「映画『核分裂過程』を撮ったことにより、どんなに巨大な企みが画策されているかを明らかにしたい という思いに駆られました。『第八の戒律』は原子力 40年の歴史を描こうという試みです。これは実は 民主主義に ついての、共に生きる方法についての作品なのです。」(ベルトラム・フェアハーク)

第22回映画会 第八の戒律 チラシ ダウンロード

8/29~9/19 北ドイツの反原発ポスター展開催

 1970 年代から30 年以上にわたって反原発運動を展開している北ドイツの村、ゴアレーベン(Gorleben) に移住したアーティストたちが作成したポスター展を行います。
 この村では、1970 年代に核のゴミがこ の村に運ばれることになったことをきっかけに反原発運動がはじまり、現在まで続いています。
 地元の NGO が「ゴアレーベン・アーカイブ」を立ち上げ、反原発運動の記録を保存、管理しています。
 3.11 の 震災による福島第一原子力発電所事故は、ドイツの人々にも大変大きな衝撃を与え、アーカイブの関係 者は、原発事故を体験した日本の人々にも、この運動の輪を広げていってほしいと貴重なポスター類を 主婦連合会/主婦会館に寄贈しました。
 このコレクションをハカルワカル広場で公開展示いたします。
 主婦連合会のご厚意によりお借りできまして、深く感謝申し上げます。

北ドイツの反原発ポスター展のチラシ ダウンロード

7月6日(土):7月定例お茶会 地域の草の根運動の先駆者に聞く

 7月の定例お茶会は7月6日(土)10時~12時、次のテーマで開催いたします。八王子で草の根運動を長くやってこられたお二人にその運動についてお話していただきます。

「子どもの健やかな成長を目指す草の根運動」: 山本智恵子さん

「原発の危険を訴える運動」        : 斉藤金夫さん

 山本さんは子どもの命を守るために食品の安全を求めての様々な消費者運動を地域で長くやって来られました。1970年代の日本の工業化に伴う公害、それが引き起こす食品汚染について深く危惧され運動を進められました。

 また、斉藤さんは、組合運動、住民運動で原発の危険性を訴え、全国民に安定ヨウ素剤の配布の運動もされてきました。

 お二人のこのような先駆的な地域での草の根運動があって、ハカルワカル広場の脱原発の運動もあると考えます。この先駆的な運動を担われたお二人の実践に耳を傾け、そして次なる運動に生かしたいと思います。
 皆様、ご参加くださいますよう、ご案内いたします。

ハカルワカル広場

2019.6.3

今日(6月19日)の午後は閉室とさせていただきます。

直近のお知らせですみません。今日の午後は東電への「東海第二原発再稼働支援のための日本原電への資金援助をやめてください」の申し入れのため、閉室とさせていただきます。大変申し訳ありませんがご了承ください。

2019年総会のご案内 2019年6月1日(土)10時~12時

ハカルワカル広場の2019年総会を6月1日(土)10時~12時に開催いたします。

 お陰様でハカルワカル広場は2012年1月に開設して以来7年間活動を続けてこれました。これも皆様のご理解とご支援があってこそと感謝いたしております。福島原発事故の引き起こした汚染、被害はまだまだ収束していません。私たちの活動はこれからも続けねばと思っております。2018年の活動報告と決算報告、2019年度の活動方針と予算などの検討を予定しております。1時間程度で総会を終えたのち、今後の活動をさらに活発にするため、意見交換会も予定しております。会員の皆さまのご参加をお願いするとともに、会員以外の方のご参加も自由ですので、奮ってご参加ください(ただし、議決権は会員のみとさせていただきます)。

2019年5月 

ハカルワカル広場

「ヒバクシャ地球一周 証言の航海」に参加して

八王子平和・原爆資料館共同代表 上田紘治

はじめに

昨年5月8日から8月21日までの106日間「ピースボートおりづるプロジェクト」に参加しました。主な役目は、寄港地で各国の政府機関に働きかけ核兵器禁止条約に署名、批准を要請し、2020年までに世界で数億集め、国連に提出する「ヒバクシャ国際署名」の協力を得ることです。11年目の「おりづるプロジェクト」今回の参加者は3歳被爆の私、1歳被爆の長崎女性、広島被爆2世の男性3名で、原爆の記憶のない世代です。

一昨年の7月7日、国連で122ヵ国の多数で核兵器禁止条約が採択され、10月ICANのノーベル平和賞受賞は、今回のプロジェクトの大きな後押しでした。それは、ギリシャではチプロス首相やアイスランド、パナマでは外務大臣、フランスやデンマークでは国会議員、シンガポール・コロンボでは政府高官などの方と面談、民間外交では考えられない方たちに直接、訴え要請できたことです。

船は22ヵ国25ヵ所寄港し、「証言」は15ヵ国18都市、船内でもカナダ・ハリファックスで議員・ジャーナリストの方たち、又、国連で決めた持続可能な開発目標(SDGs)のメンバーや各国から集まったオーシャンユースなどの方たちとも交流をしました。

アジア、ヨーロッパ、北欧

対応する政府高官は個人的には平和への思いは一致しますが、国としての対応は異なりました。NATO(北大西洋条約機構)やNPT(核不拡散条約)、対米、対日を意識し、ハードルは高く感じました。改めて軍事同盟の役割は何かを考えさせられました。

スウェーデン・ストックホルムでIPPNW(核戦争防止国際医師会議)の方は「9条は大丈夫か」と質問。スウェーデンは1998年に誕生した「新アジェンダ連合」に加盟し、ノルウェーやフィンランドなどと積極的に平和活動をしていましたが、政権が交代し脱会しています。復帰の可能性は限りなく「NO」とのこと、アフリカやシリアなどから増え続ける移民や難民問題が大きな社会問題となり、国民の意識が保守的になっているように感じられました。

イタリアは核兵器禁止条約を全国の各自治体が国に対して「批准せよ」と決議を上げる運動をし、教会の施設に200名くらい集まった皆さんの前で被爆体験を話しました。

イタリア 州都カリアリにて被爆体験を話す
上田さん(中央)

リスボンから3泊4日ほど船を離れ、フランス・パリでは平和市長会議の方や、3つの政党会派の上院議員と懇談や記者会見しましたが、面談後、国会図書館に案内され、ナポレオンのイニシャルが入った椅子、フランス最初の憲法などが豪華で贅沢な内装を施された室内に、膨大な量の図書と共に展示、保管されていました。 デンマーク・コペンハーゲンでは外交委員会の国会議員の方たちに「証言」と交流、同席した野党で緑の党の方は私たちの意向に沿った発言でした。

ハリファックス、NY、シアトル

カナダ・ハリファックスでは船内に議員やジャーナリスト、外務省の事務官などの方たちを招いて「証言」と交流を実施しました。

NYでは国連に出向きメキシコとオーストリア国連大使と面談、両国は核兵器禁止条約の採択に向けて重要な役割を果たした国です。

シアトルではどこまでもの荒野を、猛スピードで3時間かけて駆け抜け、戦時中プルトニウムを製造し(これが長崎に投下された)、今は博物館になっているハンフォード原子炉を見学し職員の方と交流しました。被爆者の訪問に不安があったそうですが、理解し合ったことに安堵したとの発言がありました。

ハンフォード原子炉から約30㎞風下の被曝者の男性との交流では、731部隊の石井四朗が来たこと、クリントン大統領時代、ご自身も含め付近の住民から発病や奇形児が生まれ、被曝被害を償えと体制側からの嫌がらせを跳ね除け、一人、法廷で勝訴、1000ドルの補償を得た。しかし、それ以外何もないと話されました。広大な土地入植の条件は、第2次世界大戦で活躍した若い兵士夫婦で、幼子がいる家庭です。国は被曝することを見通して、住まわせたと思わざるを得ません。全米で数百万人の被曝者がいると話されました。

キューバ、パナマ、コスタリカなどの中南米

中南米各国は私たちの思いと全く一致し、政府関係者、大学や市民団体、自治組織など各地で大歓迎でした。国営・民間TVや新聞社、ラジオなどの取材も沢山受けました。

チェ・ゲバラとカストロがアメリカの不当な干渉から、革命を成功に導いた国キューバ、核兵器禁止条約をまとめたホワイト議長で軍隊のない国コスタリカ、核兵器のない世界を主張し続けるメキシコ、コーヒーが世界で一番おいしいと主張するコロンビア、大西洋と太平洋で海面差27m、運河の収益が国益の大半、核兵器禁止条約の批准を言明したパナマ・・自らの力で独立を勝ち取った国々は魅力一杯です。女性の活躍も共通で、コスタリカでは議員の40%以上が女性と法で定め、男社会日本との落差を実感です。

貴重な体験を今後に生かす

ヨーロッパで先進国と言われる国々は、核兵器禁止条約の批准には消極的で中南米は積極的です。真の先進国とは経済面と平和問題がそろってこそと感じました。

核兵器禁止条約署名国は現在、70ヵ国、23ヵ国が批准です(2019年4月11日、新たにパナマが批准)。50ヵ国が批准すれば90日後、国際法として効力を発揮します。いよいよ、核兵器は「悪魔」のレッテルを貼られる時代、人類史でも画期的な局面に生きていると思っています。

船には船長と400名のスタッフに国内外から約1000名の乗客。「ヒバクシャ国際署名」を700筆近く船内で集めました。

憲法9条を持つ戦争被爆国日本に、核兵器禁止条約に積極的に取り組む政府を一日でも早く実現するよう、残り少なくなった人生、被爆者の一人として尽力したく思っています。

(編集部注:批准国は☆オーストリア、☆クック諸島、☆コスタリカ、☆キューバ、☆エルサルバドル、☆ガンビア、 ☆ガイアナ、☆バチカン市国、☆メキシコ、☆ニュージーランド、☆ニカラグア、☆パラオ、☆パレスチナ、☆パナマ、 ☆セントルシア、☆サモア、☆サンマリノ、☆南アフリカ、☆タイ、☆ウルグアイ、☆ヴァヌアツ、☆ベネズエラ、☆ベトナム)

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3ヶ月間の測定結果は、館町Eのゼオライト測定値がトップ

二宮 志郎

リストのトップは館町Eゼオライト

この3ヶ月間の測定結果リストを見れば、館町Eのゼオライト測定値がトップの2つのポジションを占めています。ゼオライト測定は、ゼオライトを交換しない限り積算値が出てくるので2月に測って高かったら4月も高いのは当然で、何も驚くようなことではありません。たまたま、この3ヶ月間に他に高い測定値が出るような検体がなかったことを示しています。

ゼオライトの場合、その変化値に注目することが重要になります。


縦軸:Cs137検出値(Bq/kg)、横軸:測定年月
不検出は点を表示させるために5Bq/kgに置き換えている。

上のグラフは、約1年分の同じ館町の5測定点の検出値の変化を示しています。(1年間に5回もの測定をしてくれていることに大変感謝、貴重なデータになっています。)これを見れば、この5箇所では、この1年間に有意な変化がなく、Cs137の降下がほとんどないことがわかります。館町Eは、開始時点の初期値が高かっただけで、他の地点との違いは観察できません。

前年との違い

同じ館町の5箇所について、その前年の2017年の検出値を同様のグラフで示します。館町A〜Dは同様にほとんど検出されていませんが、館町Eは測定毎に検出されており、積算値は直線に近いような形で右肩上がりになっています。

2017年の館町Eだけ検出の謎

2つの謎があります。「同じ館町5箇所の測定点で、館町Eだけが検出されたのはなぜ」、「館町Eは2017年に検出されていたのに、2018年には止まっているのはなぜ」。

雨樋下のゼオライトにCs137が吸着される道筋には、右図の様な2種類が考えられれます。私は、再浮遊粒子はそれほど微細ではなくて屋根に直接固着する分の寄与が大きいと考えているのですが、そうであれば屋根の向きや材質が測定結果に影響してきます。近所の測定でも検出される値に大きな違いが出ることは、これである程度説明することはできるのですが、「1年たつと急に出なくなる」ということは説明できません。



「放射能の再浮遊は年数経過とともに減少する」ということは、考えられますが、急になくなるというような現象にはならないはずです。「土が表面に露出していた地表面が、工事などにより露出しない様に変化した」、あるいは「土を舞い上がらすような近所の工事が終了した」というようなことは推測できますが、実際どうなのかはわかっていません。

ゼオライト測定に参加されている方、謎に思われる現象に出会ったら、是非ご自分でも謎解きにチャレンジしてみてください。測定場所とその周囲に注意深い観察を行うことが謎解きの鍵を与えてくれるはずです。

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たまあじさいの会の総会に参加してきました。

5月18日(土)東青梅で、たまあじさいの会の総会があり、二宮さんが『ゼオライト測定で見えた、再浮遊再降下について』という題で講演されました。ハカルワカル応援団の西田さん、鈴木さん、ガンジーさん、石井さん、そして鵜飼の5人も参加し、ゼオライト測定の重要性を改めて実感してきました。

二宮さんが講演で使われたパワポは、以下のリンクです。

https://docs.google.com/presentation/d/1ZKsKWiaqOiUoLzYNGrx44Sa_pirAeIEZTh4eDWcMVI8/edit?usp=sharing