「安定ヨウ素剤を全市民へ配布してください」の請願を八王子市へ出しました。
賛同署名をお願いします!

皆さま

第一次締切で580筆の賛同署名を頂きました。本当にありがとうございました。

最終締切は 3月13日(水)です。どうぞ 「安定ヨウ素剤の全市民への配布を求める」請願にご賛同の署名をお願いいたします! 下記でダウンロードできます。

 2月19日、八王子市議会に「安定ヨウ素剤の全市民への配布を求める」請願を提出しました。請願者はハカルワカル広場です。安定ヨウ素剤は甲状腺がんの予防をするもので、日本のように原発を推進している国では配布は不可欠と思われます。現にヨーロッパでは国が支給しています。本来なら、原発を止め、ヨウ素剤を配布しなくて済むことが理想ですが、現実は原発が稼働しています。

「子どもたちを放射能から守りたい」と、ハカルワカル広場では八王子中央診療所の山田真医師からヨウ素剤の提供を受け昨年11月に自主配布会を行いました。しかし、一部の子ども、住民だけが予防薬を持っているのではなく、全市民に持ってもらいたいと考え、八王子市に請願を出しました。

請願に賛同の署名をぜひお願いいたします!

ただ、大変申し訳ありませんが、市議会の事情があり、第1次締切が3月4日(月)(ハカルワカル広場の締め切りは2月28日(木))、第二次締切が3月13日(水) (ハカルワカル広場の締め切りは3月13日(水)) となっております。私達が不慣れなためこのように急がせることになってしまいましたがなにとぞご理解くださいまして、ご協力をよろしくお願いいたします!

賛同の署名をいただける方は(八王子市以外の方も署名できます)下の署名用紙にお名前と住所を記入のうえ(お知合い、家族の方の署名もいただけると助かります!)、郵送でハカルワカル広場(〒192-0053 八王子市八幡町5-11 八中ビル2階)へ上記の期限までにお送りください。(切手は申し訳ありませんが、各自でお貼りください!カンパでお願いします! 大変厚かましいお願いで申し訳ありません! )

お一人でも多くの署名をいただけることが力となりますので、お知り合いにお声がけいただき、ぜひ、この請願にご賛同の署名をお願いいたします!

ハカルワカル広場

2019.2.24

3月2日お茶会のご案内 講演:ウラニウムから見える「核問題」ヒロシマからフクシマへ

 3月2日(土)の定例お茶会は恵泉女学園大学教授上村英明先生をお迎えし、「ウラニウムから見える『核問題』ヒロシマからフクシマへ」という題目でご講演いただきます。上村先生は、一昨年の「わたしの、終わらない旅」の上映の際、「核問題を様々に考える」と題し、ICANの「核兵器禁止条約」についてお話しいただきました。今回も、「平和学」がご専門ですので、「核」の問題をその視点からお話しいただけると思います。

 また、「市民外交センター」を立ち上げ、「武器貿易禁止条約」の草案を各国に送った市民活動家としての実績もお持ちですので、多彩な活動についてもお話しいただけると思います。

皆さまのご参加をお待ちしております。

ハカルワカル広場

2019.2.3

2019年1月12日 OurPlanetTV 白石草さん講演 「福島の子どもの甲状腺がんについて」

 OurPlanetTVは2001年の9.11後にできた非営利のインターネット上の独立メディアで、3.11前から様々なテーマを取り上げている。福島原発事故のいろいろな問題の中でも、被曝、健康の問題はタブー視されていて、大手のメディアもやりにくくなっている中で取材を続けている。
 今、甲状腺がんの多発について検査過剰だと言われている。健康被害は起きない、そんなに被曝していないと印象づけようと、国、県が一体となって多量の情報でアピールしている。その情報戦の中で、患者さんたちが置き去りになり、数だけが一人歩きし、ごまかしの情報があふれているという状態にある。

【県民健康調査】
 福島県では2011年から200万人を対象に世界最大規模の健康調査が行われている。外部被曝線量を推計する行動調査が主だが、ほかにいくつかの詳細な検査を行っているうちの一つが甲状腺検査。事故当時18歳以下だった38万人に甲状腺のエコー検査をするというもので、規模としては世界最大。県の最新の公式発表では、細胞診の段階で悪性と言われた人が207名、その内すでに手術を受けた人が177名。そして集計外の11名(データに出てこない人がいることが去年わかり大問題になった)と、実は他の病院でも手術がなされている可能性があるという。つまり、甲状腺がんの人が200人どころか、実は300人近く存在する可能性があるという不透明な状態に陥っている。

【福島とチェルノブイリの甲状腺がんの検出率の比較】
 甲状腺がんの検出率を比較すると、ゴメリ以外は福島の方が高い。自著「チェルノブイリ28年目の子どもたち」の取材でコロステンを取材して、子どもたちがいろいろな病気になっていることをリポートしたが、そこと比べても高い。2015年に岡山大学の津田敏秀教授が福島の子どもの甲状腺がんの比率が高いという論文を発表すると、日本中の原子力を推進する側の人たちに否定された。そして、子どもたちに不安を与えるこのような検査は人権問題だ、今すぐやめるべきだという意見が強くなっている。さらに総数を把握しにくくしている。この事故は初期の段階からきちんとした調査をせず、甲状腺がんの多発と事故の因果関係が立証できないようにされている。  その一方で、普通の市民、学校の先生や保護者などのほとんどが、子どものために検査を続けた方がよいというまともな感覚をもっている。マスコミや医療関係者が検査をやめた方がいいと主張している。「検査をしすぎて見つけなくていいものを見つけた」などと、おかしなことが真面目に話されている。

【腫瘍の急成長と重症化】
 私たちは、穿刺細胞診により悪性と診断されたとか、手術を受けたというところまでは知らされているが、その後何が起きているかを知らない。福島でもチェルノブイリでも一番多いのは乳頭がんというタイプ。福島県立医大の鈴木眞一先生がほぼ一人で執刀している。彼が公式に発表した2016年4月までの145人のうち、リンパ節転移および腫瘍が1cm以上だった人が8割で、手術しなくてよかったという人などほとんどいない。手術症例を見ると、組織外に広がっている子、リンパ節の頸部の方まで広がっている子もいる。遠隔転移の3名(男子2名、女子1名)は、検査の段階ですでに肺に転移していた。甲状腺がんはそもそも7:3ぐらいの割合で女性に多い病気だが、男の子に多いというのも問題になっている。あと急速に大きくなっていることも特徴。事故時10歳、手術時13歳という小さい子がすでに肺に転移している。  検査は2年ごとに7〜8割の人が受けている。2巡目に甲状腺がんと言われた人たちは、前回はどうだったのか。前回A1、嚢胞も結節もないと言われていた人が46.3%。A2と言われていた人が44.9%。B、問題があると言われていた人は7%にすぎない。つまり1巡目でA判定だった人が91.3%。さらに問題なのは、2巡目で腫瘍が見つかった子の中で、腫瘍が3.56cmまで成長している子がいたこと。甲状腺は小さい臓器なので、3cmというとほぼ全体を占める大きさ。2年でここまで大きくなっているのは急成長といえる。

【臨床が不透明】
 県民健康調査の研究計画書を調べてみたところ、がんになった子どもたちを対象にした研究が活発に行われていることがわかった。私が問題にしているのは、二次検査を受けた人の血液を集めて、3億円をかけた大規模な組織バンクを作っていること。これをどう利用するかは明らかになっていない。手術した子どもたちの甲状腺がんの細胞、摘出したものもデータベース化、組織バンク化して長崎大学に運び、そこでDNA解析などをして成果発表している。ネイチャーという有名な論文誌に長崎大学の先生を中心にDNAの異変を解析した結果の論文が出ていて、福島の子どもたちの遺伝子変異はチェルノブイリの子どもたちと違うと書いてある。報道では「違う」ということが強調されるが、論文を読んで心配なのは、日本の子どもたちにBRAFという遺伝子変異が多いが、BRAFの方が生命予後が悪いという論文がたくさんあることである。

【再発と遠隔転移の治療について】
 日本では、そんなに酷くなければ甲状腺がんは半摘手術(半分残す)にすることが多いが、そうすると当然再発が起こり得る。再発すると今度は全摘になり、その後アブレーション治療を受ける。アブレーション治療(予防的)とかアイソトープ治療というのは、甲状腺がヨウ素を取り込む機能を使って、わざと放射性ヨウ素を大量服用することにより甲状腺をがん細胞もろとも破壊するという治療。ヨード制限食を摂取し、体からヨウ素をすべて出してから、36億ベクレルとかの放射性ヨウ素を服用して全部破壊する。肺転移すると、基本的にもうこれしか治療法はない。甲状腺がんは生命予後がいいというが、実際に10代や20代の子たちがこういう治療まで行くと、人生はかなり大変なことになって行くように思う。

【手術とアイソトープ治療】
 首にはリンパ節がいっぱい通っていて、発声のための神経も隣接しているので見つかったら早めに手術した方がよいのだが、患者さんが増えていて、検査から手術までの時間が長い。仕方なく待っていると広がってしまう。首の脇の方のリンパ節まで転移してしまうと傷が大きくなってしまうので辛い。  アイソトープ治療の施設について。福島医大の中に入ると、2年前にできた福島国際科学医療センターという建物がある。その中のRI病棟に日本最大のアイソトープ治療の病棟(10床)がある。2017年8月末までに26人がここで治療を受けた。

(治療施設の動画視聴)国内最大。放射線を遮蔽された部屋。最大で1000ミリキュリー、37ギガベクレルまで使えるように設定されている。扉は鉛が入った重いもの。テレビ電話のような面会システム。鉛のゴミ箱。

 服用するものの線量がとても高く、医療従事者が被曝するのでこうした施設が必要になる。だが実は2010年から、アブレーションという30ミリキュリー程度の治療は外来でできるようになった。そうすると、100マイクロシーベルトぐらいに下がると患者さんは外に出てくる。その人が自宅に帰れば当然トイレからもかなり線量の高いものが排出されるが、大丈夫ということになっている。施設が足りず間に合わないから。
 ここに入院したある子は、治療の副作用で気分が悪くなってしまったが、どんなに吐いていても看護師は絶対に入ってこない。自分一人で耐えるしかなく過酷だったので、もう2度と受けたくないという。

【患者の実態】
 2016年7月に、3.11甲状腺がん子ども基金という団体ができ、甲状腺がんの子どもたちにお見舞金を支給している。福島県外の子どもたちにも支給しているが、療養費給付のデータを見ると、福島県外の子に重症例が多い。なぜかというと自覚症状が出てから検査を受けるから。アイソトープ治療を受けている子は県外の方が多い。その子たちに悩みを聞くと、将来のこと、経済的なこと、周りの人に話せない(差別されるかもしれない)等。いろいろな問題をかかえ、進路を変更したり断念したりしている。

【原発事故後のリスク】
 事故後リスク自体は増えたと言わざるを得ない。甲状腺がんは確かに予後はよいが、30年、40年経ってからの再発は多い。あと未分化がんという恐ろしいがんがあって、お年寄りしかならないと言われていたのに、2012年に日本で初めて埼玉県の18歳の女の子が未分化がんで亡くなった。全世界にほとんど症例がなく、チェルノブイリで事故の後に出ていた。そういう珍しい症例が実際に起きている。事故初期に何もしなかった国なので、自分たちの中で意識をもって子どもたちを守れるように、共に取り組みができればと思います。

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2018年末までの測定結果まとめから

2015年から、1000Bq/kg以上の土は、Cs137検出平均値を計算する時に除外した

 上記表が、2012年に測定を開始してから2018年末までの全測定結果のまとめです。2018年、一ヶ月あたりの検体数はさらに落ち込みましたが、それでも一ヶ月に20を越える測定を維持できたのは、ゼオライトの測定などを通して意識的に身の回りの放射能を監視しようと思って行動する人が少なからずいてくれるおかげでした。
「きのこを除く食品」に関しては、2017年、18年を通して「ほぼ不検出で、小さな検出率で僅かな検出値が出る」ということで定着した感じです。
「土」に関しては、ほとんど変化はない感じです。「きのこ類」に関しては、2018年は平均検出値がかなり低めに出ましたが、過去の変動の範囲から見ても、たまたまという要素が強いでしょう。

筍からの検出がゼロに

筍の測定では、2012年は14件の検出があり、筍汚染の深刻さを感じたのですが、翌年にはかなり減り、その後毎年数検体の検出がある状況が続いていました。ようやく2018年に、筍の測定で検出されたものはなくなりました。測定依頼そのものが減ってきており、2018年は5検体測定中のゼロですから、この事実だけをもって筍に関して検出可能レベルでの汚染がなくなったようには言えません。それでも「やっとここへ来た」という感じはあります。汚染は一瞬の様な短い時間で起こり、それが見えなくなるのはとても長い時間がかかるというのを身を以って体験した感じがします。

八王子の最高検出値

身近なところに高いレベルの汚染は残っているもので、八王子市内からの検体で2018年の最高値は、ハカルワカル広場の窓の下で、建物の玄関ひさしの上にあたる部分にあるコケ混じりの土で、Cs137, Cs134が合わせて4124Bq/kgでした。そこが高いことは前からわかっているのですが、わざわざ窓から出てひさしの上に上がることはしないので、「さわらぬ神にたたりなし」とばかりに何もしないで放置しています。 同じ場所を2013年8月に測った結果は3780Bq/kgでしたから、なんと増えています。スペクトルも見てください。

Cs134のピーク796keVのところは赤線が上、一方Cs137の662keVのところは青線が上なのがわかります。濃縮するところでは、濃縮は起こり続けている、そういうことを物語っています。

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ハカってワカった話27号 鶏糞からセシウム137

 9月6日の測定で鶏糞からセシウム137が検出されています。Cs137が75Bq/kg,、Cs134が不検出、検体重量は166gしかなかったので、Cs137の検出誤差は29Bq/kgと30%を越えています。スペクトルが以下です。
 赤線のバックグランドに対して青線が鶏糞の測定スペクトルで、マークを入れた662kevのCs137の存在を示す部分の盛り上がりは明らかで、Cs137は誤検出ではなくて、確実に検出されていることを示しています。
 この鶏は八王子市の野外放し飼いで、野草などを常についばみながら育っている健康的な鶏だということです。そこの土はCs137が100Bq/kg で汚染されているようです。
 いくら野草を食べているとは言っても、100Bq/kgの土壌で野草の葉や根に出てくるCs137はほとんどないのが普通で、その鶏糞にこれだけ出てくるのは少し疑問です。

鶏は砂を食べる
 焼き鳥には「砂肝」というのがありますが、鶏は小さな砂粒を食べてこの砂肝に送り込んで、そこで食物を擦り砕きます。歯のある生き物が口で噛み砕くことをそこでやっているのですね。砂肝の砂はすり減ってくるので、随時排出して新しいものを食べて補給します。
 と、その程度のことは少し調べてすぐわかったのですが、はたしてどのくらいの砂が糞に混じって排出されるのか。こういう疑問になると、なかなか調べがつきません。
 他に採取時の条件なども正確にはわからないので、少し推測で話を進めます。
 砂粒に関して、どんなにたくさん排泄しているとしても、鶏糞の10%もの量になるとは考えにくいので、仮に10%と考えると、汚染されている砂粒が混じっている影響で10Bq/kg程度は出てきても不思議ではないと言えます。
 さらに鶏糞を採取するさいに混じりこんだ土が10%程度はあると考えると、さらに10Bq/kg程度あると考えられます。合計で20Bq/kg程度まではありえることになります。
 75Bq/kgの測定値の誤差が激しいので、実際には50Bq/kg程度だったとしても、まだ説明のつきにくい大きな数値ということが言えます。

一例だけなので結論は?
 「ひょっとしたら鶏が口に入れる砂粒は表土の高い放射能レベルの部分ではないか」とか、いろいろ推測してみることはできるのですが、そこから結論を導くにはあまりにも根拠が弱く、今回の大きな測定値が出てしまった鶏糞に関しては結論ははっきりしない?のままにせざるを得ません。
 一般に公開されているデータの中に鶏糞を測っている例はないかといろいろ調べてみたのですが、なぜか鶏糞のようなものはあまり注目されたことがないようで、測定例も見つかりませんでした。
 時々こういう謎のような測定結果が出ることがありますが、極力先入観を排除して、周辺環境、測定環境、測定結果、そういう客観的事実の積み上げだけで判断を出すように心がけています。もちろん測定ミスということが入り込む余地も考慮に入れます。
 測定例が一例しかない場合、そこで謎が残るのは当然とも言えることで、ここは「わからない」で保留にしておいて、これから先の測定結果と合わせてまた考えることにします。

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広場だより27号 巻頭寄稿文 福島原発事故を風化させないために

福島原発事故を風化させないために

八王子中央診療所 医師 山田 真

 このところ、高木仁三郎さんが1986年当時に書かれたものを読み返しています。高木さんは核化学を専門とする物理学者で、政府の原子力政策に対し提言を行うため、原子力資料情報室を立ち上げた人です。2000年に亡くなりましたが、ご存命中ぼくも接したことがあります。その高木さんが1986年、チェルノブイリ事故が起こって衝撃を受け、「同じような事故は日本でも起こり得る」と日記に書いています。そしてどんな事故になるか具体的な予測をしているのですが、それは2011年の福島原発事故をシミュレーションしたようなもので、高木さんの警告をぼくたちがきちんと受けとめて反原発運動ができていたら、福島の惨事は防げていたのではないかと思うのです。

 そして、福島の惨事が起こって7年余の今、また福島のことも忘れ去られそうになっています。いつまた原発事故が起こるかもわからないのに、身を守ることも考えられていないようです。

 原発で大事故が起こったら身を守ることも困難ですが、いくらかできることはあります。例えば安定ヨウ素剤を持っていれば、甲状腺を守ることができます。ですから、安定ヨウ素剤は原発が存在する国に住む人は必ず持っているべきものです。安定ヨウ素剤は事故が起こったらすぐにのまなくてはいけませんから、いつも財布などに入れて身につけていなければなりません。それでぼくは、フォトジャーナリストの広河隆一さんに協力して安定ヨウ素剤の無料配布会を行ってきました。そしてこのたび八王子でも行うことができました。特に放射線の影響を受けやすい子どもを守るためにも、どの家庭でもヨウ素剤を用意して下さい。

 

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12月2日(日)中村敦夫朗読劇「線量計が鳴る」公演のご案内

前売り券は全て完売しました。
当日券をお求め下さい。当日券はわずかですので、お早めに会場にお越し下さい。
当日券完売の時はご容赦下さい。

中村敦夫さんのホームページ
「朗読劇「線量計が鳴る」2018年上演スケジュール」もご参照下さい。

第20回ハカルワカル広場上映会は、中村敦夫さんによる朗読劇「線量計が鳴る」をお届けします。

かつて、木枯し紋次郎を演じて、一世を風靡した中村敦夫さん。今回はライフワークとして、原発で働き、原発事故によりすべてを奪われた、年老いた元原発労働者をモノローグで演じます。

彼は語ります。「右を向けと言われたら右を向き、左と言われれば左を向き、死ねと言われたら死ぬと。俺はもう、そんな日本人にはなりたくねえんだ」

原発の作られた経緯や仕組み、福島事故の実態、また原発を動かしている本当の理由、利潤に群がる「原子力ムラ」の相関図が浮き彫りにされていきます。

ぜひお見逃し無きよう、ご案内申し上げます。

~~記~~

と き:12月2日(日)開場:13:30 開演:14:00

ところ:北野市民センター8階ホール(京王北野駅前徒歩1分、下記チラシ参照)

チケット:前売り 1500円  当日 2000円

(障がいのある方、高校生以下無料)

チケットのお申し込みは   電話(042-686-0820)、

または、メール(hachisoku@gmail.com)でハカルワカル広場へ。

 

詳細は下のチラシをご参照ください。
線量計が鳴るチラシ

主催:ハカルワカル広場(八王子市民放射能測定室)

ハカってワカった話26号 シジュウカラ巣の放射能はやはりコケから

シジュウカラ巣の放射能はやはりコケから

二宮 志郎

前号で シジュウカラの巣の中身から異常に高い放射能が検出されたことを報告しました。その後、7月11日に巣の中身のコケだけより分けて測定しています。その結果、セシウ137と134合わせて約2900Bq/kgと出ました。これは巣箱の中身全体を測った時に比べて約1.7倍の数値で、高い放射能は鳥が集めたコケから来ていることが確認できました。

高いとは言っても、今回一生懸命より集めたコケは30g程度にしかすぎません。「290Bq/kgの土が300gあるのと同じ程度の放射能ではないか」と思う人がいるかもしれません。

3000Bq/kgが30gと
300Bq/kgが300g、どちらが怖い?

そこに含まれている総量の放射能を考えると、
3000×0.03 = 300×0.3 = 90 Bq
ということになり、同じです。ICRPの基準で考えれば、まるごと全部食べたところで、ほとんど人体に与える影響はないということになります。しかし、シジュウカラはきっと「巨大な体を持つ人間と同じ基準を当てはめられたらかなわない」と言いたいところでしょう。

こういう汚染物質から出てくる放射線の影響をもう少し具体的に考えてみましょう。

低密度汚染だが比重が大きい場合
(300Bq/kgが300g)

久しぶりにラジ男に登場してもらいます。

土の様なものでは、ラジ男(放射性セシウム)は砂粒の様なものの中に含まれています。ですからラジ男の周りには大きな体積の砂粒に相当する物質があります。そういうラジ男が並んでいる様子が前掲の図です。

ここでラジ男がみんな上に向かって小石を投げていることを仮定します。そうすると、上段列のラジ男の小石は上の方に飛んで来やすそうですが、下段列のラジ男の小石は上の方のラジ男を取り囲む物質に妨害されて上の方まで届きにくそうです。ラジ男を取り囲む物質がどのくらいラジ男の投げた小石を妨害するかによりますが、実際砂粒のような物質は空気に比べてはるかにその妨害効果が大です。

高密度汚染だが比重が小さい場合
(3000Bq/kgが30g)


この場合、ラジ男の配置は上の図のようになり、ラジ男を取り巻く物質の範囲はかなり狭く、それ以外のところは空気に満たされています。

見て明らかなように、この場合は下段列のラジ男の小石もかなり上の方に飛んで行きそうです。

結局、このラジ男軍団の上にいて攻撃を受けることを考えれば、後者の方が前者より危険だということになります。

高密度汚染物質はやはり要注意

比重が小さく総量は大きくならないからと言って、高密度汚染物質をあなどるべきではないです。たった30gとはいっても、そこにくっついて生活するシジュウカラ。ましてや子育てまでもするわけです。影響は決して無視していいものではないでしょう。

注)ラジ男の詳しい話は小冊子「放射能ってなんだろう?」にあります。ホームページからダウンロードできます。

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広場だより26号 巻頭寄稿文 福島の今を知ろう! 2018福島視察ツアー

福島の今を知ろう!  2018福島視察ツアー

ハカルワカル広場  鈴木 映子 

「今年は福島に行こう!」ハカルワカルとして福島を訪ねることが決まったのは、1月の事務局会議でした。福島行きは日帰りでは難しく、測定室がどのような立ち位置で関われば良いか見えない部分がたくさんありましたが、実際に現地を見なければわからないという思いからの決定でした。

福島との足場をどこに置くか考えた時、障害のある方達の支援のために何度も福島に入っている高木千恵子さんに案内をお願いすることにしました。高木さんを通じ、今の福島が抱える問題のひとつ、仮設焼却場の問題を追っている和田央子さんともつながり、今回のツアーの形ができていきました。

初日、途中乗車の和田さんとも無事合流し順調な滑り出し。常磐道から国道6号に入り、最初に向かったのは廃炉作業等に必要な遠隔操作の技術を開発検証する「楢葉遠隔技術開発センター」です。中身はともかくそびえる建造物に圧倒される思いでした。

途中で何度も線量計が鳴るのを聞きながら国道6号を北上。
(←地図をクリックすると拡大出来ます。)
その後「富岡町最終処分場」へ。8000~10万㏃/kgの指定廃棄物が持ち込まれますが、入口付近で1µSv/hを越え、早速の驚きでした。マスクもせず一日立ち尽くす誘導員の姿に胸が痛かった・・。

桜で有名な夜ノ森駅周辺は道の両側が帰還困難区域でバリケードが張られていました。

また「浪江町仮設焼却施設」はたくさんの方が津波で亡くなった請戸港のすぐ近く、町のあった跡に荒涼と広がる草原の中に建っていました。

宿泊先の「双葉屋旅館」は2016年7月の避難解除に伴い小林さんご夫妻が営業を再開した旅館です。

宿ではくつろぐ暇もなく連続講座でした。

食前は和田さんの説明。仮設焼却施設や実験施設に大手ゼネコンだけでなく軍需産業まで関わっているとのこと、驚きと絶望的な気持ちに包まれました。

食後は、旅館の女将友子さんと原発で仕事をしてきた白髭さんのお話でした。20mSv帰還政策に憤りながらもこの土地で生きる覚悟をし、少しでも良い方向を模索し続ける生き方に心打たれました。
 
翌朝、双葉屋さんを拠点に実践を積んできた「チェルノブイリ救援・中部」の河田昌東(まさはる)さんが偶然いらっしゃるとのことでお話を伺いました。内部被ばくを詳しく知りながら、この地で生きると決めた方達が少しでも安全に希望をもって生活できるよう、共に考え実践し
ている方のお話に深い感銘をうけました。
その後河田さんや小林さんが立ち上げた「放射能測定センター南相馬」を訪問。「菜の花プロジェクト」の品々を買い込み、カンパも渡しました。
 
最後は吉沢正巳さんの「希望の牧場」へ。汚染され殺される運命だった牛300頭を今も飼い続け、エネルギッシュに訴えを続ける姿に励まされた思いです。
 
ハードなスケジュールとなってしまいましたが、福島にどう関わっていけば良いのか、少し見えたような気がして現地を後にしました。

写真 槌谷 正勝

和田央子さんのブログより
『6月16日(土)八王子の市民測定室「ハカルワカル広場」の皆さんと浜通りのツアーを実施しました。‥‥この日は駅前の双葉屋旅館へ宿泊。着いてすぐ夕食前に学習会。ようやくパワーポイントを使って詳細を伝えたところ、皆さんからびっくりするほどの拍手喝采をいただきました。』
浜通りをご案内いただいた和田央子さん、ありがとうございました。

 

ハカルワカル広場主催 福島視察ツアー 参加者アンケート概要

今回の福島視察ツアーに参加した皆様からお寄せいただいたアンケートの一部を紹介いたします。

ツアー全般への感想、ご意見のほか、3)ご自身と福島とのつながり、という観点からの声をお聞かせいただきました。

  • 3)福島は親類、友人も多く第二のふるさとのような所です。果物、野菜など美味しく、素敵な所です。復興に向けて頑張っている人達がいる中、何かをやらねばと思いながらも行動に移せない自分が情けない。(N.K.)
  • とても中身の濃い2日間でした。現地で3とか5マイクロの線量表示を目の辺りにして、放射能の恐ろしさに改めてゾー!としました。お話を聞いた皆さんからは何故ここで暮らすか、放射能とどう付き合うか、今何を考えているか、皆に伝えたい、分かってほしいとの強い思いをひしひしと感じた。「避難を第一」に思う私の気持ちに変わりはありませんが…。河田先生のお話やマップ作りの素晴らしい実践は勿論のこと、「暮らしに必要な物、場所を測る」というお話に、まず何を大切にするかが本当に大切だと思いました。吉沢さんの口調は東京で聞く激しさを表に出さず、優しかったです。和田さんのお話は知らなかったことが多く、ショックでした。甲状腺ガンの子どもたちのこと、治療のためのアイソトープの過酷さ。白石草さんの甲状腺ガンの話をきちんと知る機会が必要だと思います。人とのつながりを実感出来るツアーでした。(Y.K.)
  • 3)がん治療のため1ヶ月以上右肩近くに放射線を浴びていましたが、合計どれだけ放射能を浴びたかわかりません。あれから4年経ちましたが、なんとか生きています。治療を拒否する力はありませんでした。(J.H.)
  • 初めての福島ツアー。一人では出来ない、行けない内容でした。と同時に無残な事実が心に焼き付きました。これは人災だという強い想い。政治の方向が許しがたいです。
    3)福島の苦しみは他人事ではないという実感。国民一人一人が正しい危機感を持つべきです。(Y.U.)
  • 3)2日間にわたる福島ツアーは盛り沢山の知識と体験を与えてくれた。除染されたゴミやフレコンバッグはすっかりなくなっていた。24ヶ所もある最終処分場や中間貯蔵施設で無理矢理処分しているからだ。住民に知らせず、姑息な手段でこれらの施設が作られ、反対しても結局は国の政策が貫徹されている。双葉屋旅館の女将さんである小林さんは、除染を受け入れたことに問題があると言っていた。膨大な汚染の山ができ、その処理に莫大なお金がかかり、全国に汚染をばら撒くことになるからだ。しかしその中で、次世代によりよい社会を手渡すために、その地その地で精一杯抗う姿が見て取れた。真実を知るために測定を続けている人、売れるはずのない牛たちを飼い続ける牛飼いの吉沢さん。これらの人たちとつながり続けること、真実を発信し続けることの大切さを学んだ。(M.H.)
  • やはり百聞は一見にしかず。ボケッとしている自分に活が入りました。線量計がピーピー鳴っていても、何も見えない放射能の怖さ。そのただ中に避難させられた人々の恐怖…。壊れたまま、放置されたままの家々。生活の営みがあったはずの所が、どこまでも続く草原になっているのはとてもショックでした。(F.O.)
  • 仮設焼却場については少し知っていたが、和田さんの話でそれがいかに原発関連の企業を儲けさせるか、無駄なものにも使われているか、福島の人たちの健康をさらにむしばむことなどお構いなしか、よくわかった。イノベーションコースト構想より油菜の里構想を支持します。吉沢さんの「正しさは一つではない」という言葉が印象に残った。
    3)福島と沖縄にはずっと心を寄せていたいと思う。(Y.I.)
  • 3)あれから7年、薄れかかっていた11を昨日のように感じた2日間だった。被曝地、汚染された地域で生活している方々の声。気張らずに土に根付き原発に向き合っている話を聞くことが出来た。 エネルギー、社会と自分と対峙した時間だった。(T.Y.)
  • 3)11から何か私で役に立てることがあったらと思っていましたが、結局、国会前で「原発反対」の声をあげることしか出来ず、お寺での「今の福島を知ろう」という会には時々参加していましたが、自分の中では歯がゆさばかり。でもこの企画に参加して一つ前に進めたような気がします。(K.O.)
  • ①除染廃棄物の処分の状況把握と、②希望の牧場の現場を見る、をこのツアーで得たいと考えていた。①は目標を遥かに上回る成果を得た。和田さんの第一日の夜の説明は秀逸だった。(Y.I.)
  • 原発のニュースを通じて覚えてしまった地名。聞いて、見ていただけの地名が実際の現実として改めて迫ってきました。沢山の人がやむなく逃げざるを得なかった場所で、ここで生きていくと決めた方々のお話が本当に切なく、申し訳なく思いました。私もまた「当事者」として生きていく覚悟を持たなくては、と思いました。人が住んでいない家。何もない(一見きれいに見える)平原がこんなに切ないものだとは思いませんでした。河田先生の油菜の里のお話を聞いて、本当に嬉しく思いました。(Y.K.)
  • 3)2年前のいわきに続いて、また福島の原発事故の被害がひどかった所に行くことが出来たのはハカルワカルの地道な活動のおかげと思い感謝しています。「原発反対 福島を忘れない」という掛け声がどこからともなく聞こえてきました。(R.M.)
  • 3)原発以前に仕事の関係で忘れられないことがあります。1980年代の半ば、日本の産業構造の再編の頃、常磐炭鉱が廃鉱の後に大手電気産業がいわき市に進出し、県民の生活水準の低さを利用して、一次下請け、二次下請け工場を作り、信じられない安い工賃を押し付けていた。その実態を調査しました。学生といっしょに一戸一戸ヒアリングに歩きましたが一円単位以下の工賃で、東京の学生のショックは大変なものでした。福島は当時沖縄に次ぐ最貧県だったのです。原発はそうした土壌の上に乗っかって県民の生活水準の向上への潜在的要望を甘言で釣って裏切る結果になったと思います。富めるもの、権力あるものが貧しいものを踏みにじって捨てるという政治をこの原発事故を契起に断ち切らせたいと思います。(S.I.)
  • 盛沢山の企画でとても良かった。地元の人の話を聞くことが出来、福島を見られたのは良かった。(M.N.)
  • 3)今回初めて原発事故周辺の町を訪れた。時々テレビで報じる情報と、なまで見る情報のギャップを感じ、改めて測定することによる事実の大切さを思った。(M.T.)
  • 3)東京で何ができるのだろう? 現地では声を上げることが難しくなっている。福島の声を伝える役割の何が出来るのかを考えていきたい。(K.S.)
  • 双葉屋女将と原発で働いてきた白鬚さんのお話に、被災地で生きていく方の感情的にならず真摯にむきあう姿勢と芯の強さを感じました。そして、翌朝の河田さんの話を伺って、このような運動を長く続けている方と繋がっているからこそだったのだと、人と人とのつながりの大切さを感じました。河田さんが、これからの夢はと聞かれ、いくつもあげていた楽しそうな表情に私まで気持ちが明るくなるようでした。南相馬の測定室は、地元の人達の要望を受けながらの運営をしていたし、希望の牧場の吉沢さんの何時間でもしゃべってくれそうなパワーはどこから来るのだろうと感じました。(K.K.)
  • 焼却場や処分場も軍需産業がらみですべて金儲けのためと知り、憤りを禁じえません。土地収用に関しても故人でハンコを押せるはずのない地主の承諾書が複数存在したりというでたらめなやり方は、国会で今いろいろなことが露わになっていますが、地方でも起きていることは同じと思いました。また帰還を急がせるのも“事故は大したことない”と見せかけるためで、いろいろな構想なども、生活する人の気持ちや要望を無視したひどい政策だとよくわかりました。(T.A.)
  • ガランと人影のない所に建つロボットセンターの建物が、異様に大きく現代的なのがかえって切なかった。 3)今回のツアーで福島の人とつながる端緒が作れた気がする。(T.N.)
  • 3)震災前から福島へはたびたび訪れており、今は亡き母との思い出多き土地でした。原発事故のせいで福島の美しい自然が汚されたことに怒りを覚えますが、福島からの電気の恩恵を受けてきた東京の人間として、これからも福島とつながっていきます。(S.U.)

 

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