「核をさまざまに考える」
恵泉女学園大学教授 上村英明
みなさん、こんにちは。多摩センターにある恵泉女学園大学の上村と申します。西田さんから、映画会のときにICANの話をしてほしいと言われ、引き受けたのには理由があります。実は「わたしの、終わらない旅」を作られた坂田雅子さんのお母様は恵泉の卒業生です。その縁で大学でも上映したことがあり、その時は坂田監督と私でトークショーをやりました。この映画は、カザフスタン、フランスのラ・アーグなど、普通行かないようなところに出かけ、丁寧に撮られた映像です。ICANの話にもつながります。その意味で今日のテーマは「核をさまざまに考える」としました。
さて、ICANは国際NGOで、昨2017年のノーベル平和賞を受賞し、式典は12月にノルウェーのオスロで開かれました。そのICANの国際運営委員のひとりが川崎哲さんで恵泉の同僚です。国内ではピースボートの共同代表でもあり、核問題が専門です。私も市民外交センターという人権NGOの代表ですが、川崎さんとは分野は違うものの、古くからの友達で、大学の講師もお願いしました。
映画では、アイゼンハワー大統領の、国連における原子力平和利用についての有名な演説が紹介されています。その後、国連は核兵器や核問題の扱いに関する機関やプログラムを作ります。この中心が1963年に国連総会で採択された核拡散防止条約(NPT)とその体制ですが、これは納得のいかない不平等なものです。核保有を米ソ(今はロシア)英仏中の五カ国だけに認め、その他の国にはこれを許しません。他の国は核兵器を保有しないと宣言しなさい。そうすれば、平和利用を国際協力の下に推進してあげますよと迫る構造です。当然、それはおかしい、参加しないという国が出てきます。独立したての南スーダンを除き、NPTの非加盟国は、現在インド、パキスタン、イスラエル、そして出たり入ったりしているのが北朝鮮で、それぞれ自ら核兵器を開発しています。
これに対し、やはりこの体制では世界の核兵器とその恐怖を無くすことは難しいのではという話が出てきたのが1996年頃のことです。むしろ核兵器の保有、実験、製造などを禁止する国際条約を作り、そこにすべての国が平等に入る体制を国連は促進すべきだという考えで、それが核兵器禁止条約の発想です。そして、昨年7月に核兵器禁止条約が国連総会で採択されました。中心になったのは中米のコスタリカなどですが、その背後で環境作りをしたのがまさにICANでした。やや視点が逸れますが、保守的なノルウェーの現政府は、この条約に否定的です。それでも、平和賞を決めるノルウェー・ノーベル委員会は、ICANに平和賞を決めました。これが民主主義です。つまり、政府と意見を異にする国の機関がきちんと判断を下せることも私たちは学びたいと思います。
ICANをもう少し詳しくみてみましょう。実は核兵器廃絶に取り組んできた国際的なNGOとして長年頑張ってきた団体のひとつに「核戦争防止国際医師会議」(IPPNW)があり、自らも1985年にノーベル平和賞を受賞しています。そして、ICANはこの団体を母体として2007年にオーストラリアのメルボルンで設立されました。(現在の本部事務局は、スイス・ジュネーブにあります。)
オーストラリアでIPPNWが活動した理由は、核実験です。オーストラリアには三つの核実験場がありました。西部の沖合のモンテベロ島、南オーストラリア州にあるエミュ実験場、それとマラリンガ実験場です。現在も、環境汚染とヒバクシャは、未解決の大きな問題ですが、これらは自国ではなく宗主国イギリスの核実験によるものでした。マラリンガでは放射能実験というものもやっています。核兵器も原発も、核物質の輸送が欠かせません。輸送するトラックがテロリストに襲われた時はどうするか、トラックが爆破されて放射能が飛び散った時にどう回収するかなどの実験です。そこでも被曝する人たちが出ます。そうした被曝者の救援活動をしていたのがIPPNWオーストラリアで、そのメンバーから核兵器を包括的に廃止する条約制定のプランが出されたのです。
しかし、みなさんの関心の高い原発はオーストラリアには一つしかありません。シドニーの郊外にある医療用アイソトープを生産する原発だけです。ただ、核実験の他に、もう一つの深刻な被曝問題がウラン鉱山です。ウランは鉱山で掘って出てきます。2012年5月にオーストラリア人監督が作った“Out of Site, Out of Mine”という映画は、彼らのウランが世界で何をしているか、とくにオリンピックダムという鉱山を事例に紹介しています。なぜこの時期にこの映画が作られたかというと、そこで採ったウランが東京電力に供給され、2011年3月に福島で爆発して私たちのところに降り注いだからです。オリンピックダム産だったのです。
また、北部準州にあるレンジャー鉱山のウランは、関西電力、九州電力、四国電力に供給されています。ウランの既知埋蔵量(2015年)では23%のオーストラリアが世界一ですが、そこにも被曝者がたくさんいます。オリンピックダムもレンジャーも露天掘りの鉱山で、粉塵が時に空に舞い、川に流れ込みます。因みに、オーストラリアのウラン鉱山と日本が契約したのは1974年です。この年は貧しい地方自治体の活性化に原発を作り、お金をばら撒く電源三法が制定された年ですが、両者をやったのは当時の田中角栄首相です。そして昨今は、安倍晋三首相がよく出かけています。彼の政策には日本の原発の海外輸出があり、オーストラリアのウラン供給をセットにして、売込みを強化したいと考えているからです。
そうした背景の中で、ノーベル平和賞が10月に決まりました。お祝いに何をしてほしいと、川崎さんに尋ねると、授賞式にヒバクシャを呼べたらという話になりました。ICANの活躍は重要ですが、その活躍の土台になったのは、世界各地のヒバクシャの方たちの声です。そこで大学、また平和首長会議の一員である多摩市長に掛け合い、大学と自治体が協力してノーベル平和賞受賞式へのヒバクシャ参加を応援する募金運動を始めました。一ヶ月で550万円が集まり、それを広島、長崎、マーシャル諸島、カザフスタン、マラリンガの方々の旅費・滞在費の他、車椅子のサーローさんの支援費用等にも役立てました。ちょっとだけ自慢話をさせていただくと、オスロの授賞式は本当に素晴らしいものでしたが、ヒバクシャの方々の参加は、私たちの、広くこの多摩地域を中心に募金したお金で実現したのです。現日本政府もこの条約には推測できるように否定的ですが、私たちのこうした動きこそがヒバク国の市民社会の責務なのだと私は考えています。
用語法:
1)核兵器による攻撃でヒバクした方たちを被爆者
2)その他の核関連でヒバクした方たちを被曝者
3)両者が一緒になった場合をヒバクシャ
「広場だより25号 巻頭寄稿文 上村英明教授 講演会「核をさまざまに考える」」への1件のフィードバック